最前線のイスラエル・ワイン
2010年 12月 04日
その際の記事が雑誌フード&ワインに載ったので、和約しました。
オリジナルは、こちら (Food & Wine 12月号) からご覧ください☆
Israeli Wine on the Front Lines / By W. Blake Gray
ワインメーカーは、しばしば困難の多かった年について語る。
例えば2006年、ヨーロッパの一部では雨が多くて大変だった…という風に。
でも2006年、イスラエルで大変だった理由は、ただの雨では無く
“ロケット砲弾”の雨。
レバノンで活動するヒズボラは、2006年の7月~8月、イスラエル攻撃を敢行。
その際に発射されたロケット砲弾の数は4,000発以上と言われる。
イスラエルで最高のヴィンヤードは、いずれもゴラン高原に位置しているが、
これらの葡萄園は国境から近い為、随時、標的になりうる危険性と隣り合わせだ。
実際に何件かが砲撃を受け、多くの農家は収穫時まで葡萄畑に近づく事が出来ず、
最前線に近いワイナリーでは、その門を閉ざさざるを得なかった。
イタリアのトスカーナ辺りでは、まず考えられない“困難”だ。
今年初め、僕はイスラエルを訪問して、彼の地のワイン知識を増やしたのだけれど、
同時に、鉄条網フェンスや銃で武装した警備員についてもよく知る事となった。
そしてワイナリーの工業的な外見と、むき出しの大きなタンクにも慣れた。
(大抵の場合は醸造用タンクなのだけれども、時には戦車のタンクも混じっている。)
ほんの20年前、イスラエルのワインと言えば甘口で、残念ながら酷いものだった。
でもそれ以後、過酷な条件の中で飛躍的な進歩を遂げ、現在では、
オールド・ワールド(古くからワインを作る国)の最前線で活躍する、
もっとも注目されるワイン国となった。
ではここで、イスラエルでベスト4のワイナリーをご紹介しよう。
Golan heights winery / yarden
紀元前からワインを作り続けている国のこと、皆さんは、さぞかし古くから続く
素晴らしい葡萄畑が延々と広がっているのだろう…と思われるかもしれない。
でも実際には1967年まで、葡萄栽培に向く土地は、この国にはほとんど無かった。
それを変えたのは、第三次中東戦争(六日戦争)だ。
だてに“高原”と呼ばれているわけではなく、ゴラン高原の標高は高く、気候も涼しい。
70年代にカリフォルニアのエキスパートが、この高原はイスラエルで
最高のテロワールを生み出すだろうと予測したけれど、それは事実だった。
この20年ほど、ゴラン高原と近隣のユダヤ丘陵では、葡萄の栽培ラッシュが続いている。
1960年代には90%のワイナリーが、気候の暑い海岸地域に位置していたが、
現在では44%まで減っている。
ゴランハイツ・ワイナリーのワインメーカーで、南カリフォルニア出身の
ビクター・ショーンフェルド(Victor Schoenfeld)は、
この地におけるワイン造りの難しさについて語ってくれた。
僕がワイナリーに向かう途中、1948年のアラブ・イスラエル戦争で爆撃を受け、
事実を忘れないようにと、そのまま道端に置かれている乗用車の残骸を見かけた。
また、大きな軍基地を通り過ぎた際には、兵士が穴掘り作業をしている姿が見られた。
でも、こうしてショーンフェルドと葡萄園に立ち、360度見渡しても、
目に映るのは葡萄畑だけ。
恐らく休戦中の戦場というのは、どこもこのような雰囲気なのだろうか。
シリアは高原の管轄権を、今も主張している。
もしもシリアが本当に平和を望んでいるのならば、イスラエル政府は
ゴラン高原を返還すべきだと、ショーンフェルドは考える。
「でも、ワインが絡むと、そうシンプルには行かないんだ。
僕らの仕事は、短期間で方が付くものではないからね。」
ショーンフェルドは大学時代、イスラエルに1年滞在した経験を持つ。
1988年にUCデイビスを卒業後、R.モンダビ・ワイナリー、シャトーSt.ジーン、
プレストンで経験を積む間、毎年のようにゴランハイツ・ワイナリーからの要請を受け、
ついに1991年、人生の財産となる事を願いながら、この土地での仕事を承諾した。
その後イスラエル女性と結婚し、市民権を取得。
一旦ワイナリーに専念する事を決意した彼は、この国のワイン品質革命に乗り出し、
大変な努力を払いながら、ゴラン高原での葡萄栽培も始めた。
この先どうなるかは不確かな、この地。
でも彼が2006 Golan Galilee Cabernet Sauvignonのような、
複雑で素晴らしい風味のワインを造り続ける限り、
今のところ“良好”と言えよう。
Vitkin Winery
イスラエル古代からの葡萄栽培知識は、長きにわたるイスラム教支配時に消え去り、
全ての葡萄畑は伐採されてしまった。
そして今、ワインメーカー達は、この土地と気候に最も合う葡萄を探そうと
様々試みている。
イスラエルでもっとも古い葡萄は、40年前に植えられたもの。
しかし残念ながら、そこは葡萄栽培に理想的な土地ではなかった。
また、広く植えられたのはボルドーと同種のカベルネ・ソーヴィニョンとメルロー。
もちろん、イスラエルではなかなかのカベルネが造られているのだけれど、
僕が各地を旅して、実に多くのワインを試飲した結果、
長期的に見てこの地に一番合っているのは
地中海地方で栽培されている葡萄種だと考えるに至った。
Vitkinのオーナー兼ワインメーカーのドロン・ベロゴロフスキー(Doron Belogolovsky)も、
同じように考えている。
「イスラエル・ワインは、もっとビッグであるべきだし、ビッグになるだろう」
ここでの“ビッグ”は、芳醇でコクのある、地中海スタイルのワインの事。
「我々はボルドーでは無いし、人の真似をしても二番煎じにしか成りえないからね。」
彼はもともと石材商を営んでいたのだが、イタリアに大理石の買い付けに行く間に、
ワインの虜となった。
彼の造るワインは、熟成しながらバランスの良いもので、
地中海でよく見られる、カリニャンやプティ・シラーといった葡萄が使われている。
「イスラエルに最適の葡萄だよ。暑さに強いし、水をあまり必要としないからね。」
ベロゴロフスキーの造るカリニャンはブラック・カーラントの風味に、
胡椒のような後味を持つ。
そして、カベルネ・フランクは、僕がイスラエルで試飲した中で最高のワインだ。
残念ながら5,000ケースしか造られておらず、アメリカには輸入されていない。
もしもテレアビブを訪問する事があるなら、是非レストランのワインリストに
彼のボトルを探してみて欲しい。
長くなるので、続きは次回に☆
待ちきれない方は、こちらから英文オリジナルをご覧くださいませ☆